フォトクラブ京都7月例会のご案内

<ご案内>
フォトクラブ京都は現代表現研究所が主催する研究会的集まりの場です。
主に写真のことについて語り合います。
会費は不要、会場はアマノコーヒーロースターズさんのテーブルです。
月に一回、第三土曜日の午後2時~5時に集まっています。

<フォトクラブ京都の2020年7月例会ご案内です>

2020年7月例会は、7月18日(土)午後2時~5時です。

写真撮影の技術や制作技法の研究だけでなく、現代の潮流を話題にしています。
参加される個人が、自立していけるクラブを目指しています。
ただいま会員さんを募集しています。

詳しいことは、お問合せください。

開塾場所は<アマノコーヒーロースターズ>です。
〒603-8203 京都市北区紫竹東高縄町23-2ルピナス1F

<問い合わせ先>
☆主宰者中川繁夫へお問い合わせください。
facebook:https://www.facebook.com/profile.php?id=100047061093297

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これから-14-

歳をとっても食べ物はスタミナがつく奴を食べることが多いです。
世間常識では、歳をとると干乾びてしまうイメージで、食も細るイメージです。
たしかにそのいう傾向はあるものの、決して、食欲がなくなるわけではありません。
人によるのだと思うけれど、ぼくの場合は、食欲旺盛です。
生きる力は備わっているようで、精神は病んでも、肉体は健康なところです。

意欲といえば制作意欲、これはまだまだ衰えなくて、ますます旺盛です。
これは気持ちのレベルで旺盛なのですが、肉体的にはそれほど無理はできません。
写真を撮るとき、ぼくなんか歩いて撮影するタイプですが、体力の衰えを感じます。
そのぶん精神的なひろがりというか、イマージネーションは拡散していく感じです。
想像力によってフェクションするんですが、でも、体力がないから、無念です。

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ここから-9-

<次のテーマは何?>
写真を撮って作品にする。
そのための準備を頭の中ではじめています。
被写体を何にするか、タイトルは「痕跡」シリーズとするか。
記憶の痕跡、この記憶は自分の記憶、生い立ちの中で得た生活用品とか。
歴史の記憶というのもあるなぁ、その痕跡を訪ねる、写真にする。

神社仏閣、そこにある風景をスマホで撮って、インスタグラムに載せる。
痕跡001、痕跡002、といった風にタイトルをつける。
今度で四回目のシリーズです、風景論、無題、表現論、それに次ぐシリーズ。
こうして書きだしておくとイメージがひろがって、形になってきますね。
もう少し検討の余地ありですが、おおむね、ここからが、始まりです。

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写真と映像の研究会を開催します

<写真と映像の研究会開催のお知らせ>

2020年6月27日(土)午後2時~5時<写真と映像の研究会>を開催します。
場所は、MOSS・GREEN(井上成哉氏のスタジオです)
〒604-8205京都市中京区新町通三条下ル三条町338

ネット環境を駆使しながら、語り場として写真映像のことを考える場にしていきます。
内容は、写真と映像、カメラ装置を使ってつくる作品のあれこれを話題にします。
様々な角度から写真映像の現代から未来表現の内容を探ります。
毎月一回、第四土曜日の午後、定期的に研究会を開催の予定です。
この研究会の発起人は、
井上成哉(APA会員)、堀内義晃(RPAPRESS)、中川繁夫(現代表現研究所)です。

若干名の会員を募集します、会費は当面不要です。
フェースブックの中川繁夫へアクセスしてメッセージをください。

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ここから-8-

コロナ禍騒ぎが続いているところ、まだ終息していないところです。
でも世の中、経済活動が沈滞するから、正常に戻そうとしていますね。
消費の落ち込みを、改善しようと、お金を配って、モノを買うように仕向ける。
なんか、社会全体の歯車が狂っているようにもイメージしてしまいます。
もとから経済が沈滞していて、ほぼゼロ金利の時期が続いているところです。

といいながら、リッチな食事を、久しぶりに摂ったので、写真にして載せます。
ミーティングに使う喫茶店のメニューで、ほぼ千円のモーニングセットです。
いやはや年金生活していますが、けっこう厳しいところがあります。
でもこれからの人はもっと厳しい世の中を渡っていかなくちゃいけない。
どうしたらいいのか、知恵を出し合って、共同で生きていく道を探そう。

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これから-13-

まだまだ世の中、コロナ騒動一色です。
第二波が来る、そのための準備を、と呼びかけています。
ぼくはぼくなりに自粛して、感染しあいように、注意する。
世界の、国家の枠組みが変わらないまでも、中身が変わっていくでしょう。
ぼくには関係ないとは全く思っていなくて、それなりに関心事です。
でも、そのことを語っても、むなしいから、あまり語らないようにしています。

心が剥き出しになって、この心を支える社会の制度が、機能しなくなる。
家族であったり、友達であったり、心を支え合う器が、白々しく思えるのでは。
個人が内面目覚めてきたけれど、それがこれまでの器にはまらないのではないか。
新しい枠組みというか、器が必要で、この器が未成熟なんではないか、と思う。
若いひとが、これまでの言葉でいえば、心を病む状況になっている。
この病むを、そうせはない言葉に言い換える、そういう作業も必要かと思う。

なにができるのかわからないけど、その器作りをしたいと思っているところです。

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