2018年01月15日

フォトハウス表現塾の話-1-

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2018年「フォトハウス表現塾/写真」の講座が始まりました。
開塾場所は京都で美味しいコーヒー豆を提供していただけるお店。
AMANO COFFEE ROASTERS
<アマノコーヒーロースターズ>
〒603-8203 京都市北区紫竹東高縄町23-2ルピナス1F
Tel&Fax(075)491-6776 です。
https://www.facebook.com/good.coffee.kyoto

フォトハウス表現塾はアート領域の今ある姿を見ながら未来に向けて表現していく学び場です。
政治や経済の枠組みで大きな社会が構成されていて、アートも経済の枠組みで捉えることが多いです。
しかし、経済の枠組み、つまりお金に換算して価値を測るという手法が、本当にいいのかどうか。
近年は、その価値軸から離れて、もう一つの価値軸へと移行しつつあると捉えています。
全てがお金、金儲けが優先される社会の枠組み、これから離れて人間の価値を見てみる。
そういうなかに、アートへのアプローチがあります。
有名になって貨幣価値が高くなった作品が、真のアート作品ではありません。
貨幣の補助品、第二貨幣としてのアート作品、こんな領域から別の領域へ、です。
フォトハウス表現塾では、五つのジャンルを、アートの枠組みで組成しなおすこと。
このことを共有しながら、新しいアートの領域、個人が生きてることに満足できること。
難しいことを言っているわけではありません。
個人の幸福を追求する枠組み、宗教ではありません、アートで実現していく枠組みです。

フォトハウス表現塾のHP
ただいま、レッスン受講を希望される方を募集しています。
ともに活動できるコアスタッフ・メンバーを募っています。
この1月27日(土)の午後2時から、最初のスタッフミーティングを開催します。
posted by shigeo at 16:57| Comment(0) | フォトハウス表現塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

フォトハウス表現塾のお知らせ

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2018年「フォトハウス表現塾/写真」の講座が始まりました。
開塾場所は京都で美味しいコーヒー豆を提供していただけるお店。
AMANO COFFEE ROASTERS
<アマノコーヒーロースターズ>
〒603-8203 京都市北区紫竹東高縄町23-2ルピナス1F
Tel&Fax(075)491-6776 です。
https://www.facebook.com/good.coffee.kyoto

フォトハウス表現塾はアート領域の今ある姿を見ながら未来に向けて表現していく器です。
今ある姿はとは、今、最前線で使われている道具を使って、自分の心を表現すること。
カメラを使う、パソコンを使う、絵の具を使う、言葉を駆使する。
絵を描く、写真を撮る、映像を作る、音楽を作る、文章を書く、この五つプラス。
プラスされることは、食料を生産する、そこから自分流生活を作ること、でしょうか。
基本には現在の政治経済の領域で、言いかたでいえば負け組になりそうな心を救う。
あえて競争に参加することによる充実よりも、自分の想いを実現するほうへの充実へ。
充実した人生にしていくために、自分を知ろう、自分を高めよう、です。

フォトハウス表現塾のHP
ただいま、レッスン受講を希望される方を募集しています。
ともに活動できるコアスタッフ・メンバーを募っています。
この1月27日(土)の午後2時から、最初のスタッフミーティングを開催します。
場所は、アマノコーヒーロースターズの店内、テーブルです。
全くのボランティアではありませんが、収益が見込めるまではボランティアです。
新規にスタッフを求めています。
講師になってくれる人、運営してくれる人、集まってください。


posted by shigeo at 16:33| Comment(0) | フォトハウス表現塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

野間宏の暗い絵

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フォトハウス表現塾のHP

 ブリューゲル、野間宏、暗い絵、この三つのフレーズが頭の中に起こってきて、どうした弾みかこの三つが関係あるようなないような、気になっている正月明けです。ブリューゲルというのは中世の画家、野間宏は小説家、暗い絵というのは野間宏の小説の表題です。この暗い絵の冒頭にブリューゲルの絵の事が描かれているのを覚えていたからですが、もうすっかり過去の小説家なのかも知れませんが、野間宏という作家にも興味を持っていたなぁ、と思い出すのです。18才か19才のころ、文学に興味が出てきて、小説を読みだしたなかの一冊に、野間宏「暗い絵」があった。文庫本で持っていて、それが手元にあるかどうか書棚の文庫本のところを探したけれど見つからなかった。それで筑摩の現代文学大系のなかから野間宏の巻を探し出して先ほど見てみたら、長編の真空地帯が最初の巻に暗い絵が収録されています。同時に「崩壊感覚」という小説も含まれています。野間さんは戦後派の作家で、暗い絵は昭和21年に発表されています。昭和21年というのはぼくが誕生した年で、読んだのは発表後20年ほど経った頃、ということになります。

 野間さんは私小説作家には入れられていなくて、全体小説と呼ぶんでしょうか、そのように呼んでいたと思いますが、スケールの大きな舞台でフィクション化されていく物語です。ぼくはこの全体小説が当時の現代文学の潮流だというように教えてもらった記憶があります。私小説作家のノンフィクションだかフィクションだかわからないような語り口で物語られる小説とはちがって、これぞ小説、ノベル、フィクションだ、とだから思っていたところです。小説を書こうと思っていたころ、全体小説的な構想を描いてみましたが、モノにはなりませんでした。現在でも作家コンプレックスがあって、まともな小説なんて描けないなぁ、と思うところです。暗い絵、ブリューゲル、この二者をつなぐイメージに、ぼくは陰鬱な人間のあり方を彷彿とさせられます。暗いのはいけないよ、明るくなくっちゃ、と最近は思うようになっていますが、40代までは、暗いことが好きでしたね。私小説と全体小説は、どこがどう違うのかということですが、ぼくなりの解釈でいえば、私小説は政治の問題には触れなくて情の問題だけに限定していくような手法。全体小説というのは政治の問題を基軸に置いていて、社会全体を構造的にながめ、そのなかに擬人化させた人間を登場させるという枠組みをつくるのだと思います。

 日本においては明治の終わりごろから自然主義小説があらわれることになりますが、その流れが私のことを中心にしたフィクションで描かれます。私小説という内容の、その内容が私(わたくし)そのものです。その流れに竿さすようにして、戦後文学、野間宏がその旗手であるうかと思いますが、プロレタリア文学ではなく政治の問題を底辺においてフィクション世界を構築する小説、をめざすのではなかったか。いろんなジャンルの、いろんな描き方があろうかと思いますが、小説というものは政治を底流として社会の問題、極論していえば人間を理想にむけて解放する、ということにあるのではないか。小説の目的といえばいいのかも知れない、目指すところのものです。私小説が無効ではないかとは思わない。全体小説だけが有効だとも思わない。その合間を縫うような戯作があってもよいと思っています。西洋から入ってくる自然主義に、日本の芸術は追随してくるわけですが、いまや、日本文化を創ってきた文化のなかの文芸フィクションに、その心情の基軸を置いてもいいのではないか、と思えます。
posted by shigeo at 12:19| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

夏目漱石と谷崎潤一郎

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フォトハウス表現塾のHP

 文学のことを勉強しだしたころ、二十歳前だから1965年あたりだと思います。文学を研究するという仲間ができるのはそれから数年後、1968年あたりでした。ぼくの手元にいくつかの文学全集があって、そのなかに夏目漱石全集と谷崎潤一郎全集がありました。数年前にぼくも理事をやっていたメディア図書館に蔵書として納めたから、いまは手元にありません。漱石全集は岩波書店から出ているもので、漱石文学の底本となる全集。谷崎の全集は1966年だったかに発行される全集で、配本を待って届いたやつで、社会人二年目の冬のボーナスのほぼ全額で一括払いしておいた記憶があります。長年、ぼくの書斎じみた空間の書架に並んでいた書籍でしたが、もう全集をひろげて読むこともないだろうと思って、公共の場所に移させてもらったのでした。

 漱石は日本文学を勉強するには必須の、あるいは基本の文学だといわれて、なにが基本なのかわからないままに、そうだと思って書架に並べていたところです。ぼくは決して研究家じゃないから、ざっくりとしか理解できないけれど、いまこの歳になって思うことは、明治期、日本の小説が西欧の影響をうけ、執筆されだしたころ、どうなんでしょう、漱石は英国文学の影響があるのでしょうか、わかりませんが、近代日本人の悩みみたいな、自分ということ、自己について、自我とかについて悩み描かれたのだとか。恋愛、男と女のこと、嫉妬すること。ひとりの女をめぐって、とりあいするんですよね。それからの代助でしたか、心の先生でしたか、文献なしで記憶を辿って書いているから明確にはなってきませんが、近代の自我、恋愛感情、則天去私を解釈すれば、私を超えて天道に則る、という悟りの境地に至るんですかね。漱石人生50年、50才ほどで死んでしまう。それからみればぼくなんか、それより20年も長く生きている。

 漱石はめちゃくちゃ真面目人間イメージですが、時代も大正から昭和にかけて、谷崎の小説は読み物そのものな感じで、物語です。大衆文学の部類に入れればいいのか、自然主義文学の系列からは離れていますよね。読み本、男と女、家、時代の枠組みを底辺において、人の生きざまを物語として、外面だけではなくて、その内面を、人間の心理を、痴情であるとか禁句であるとか、しかし人間の内面の欲情とか、そういうレベルの領域に踏み込んでいくような小説なのでしょう。正直にいうと、ぼくは谷崎の小説を真剣には読んでいません。だから全体イメージは湧かせられるけれど、細分のところはわかりません。谷崎潤一郎文学館でしたか、あるきっかけで二年ほど前におとずれましたが、資料がいろいろあって、勉強させてもらいましたが、あんまり記憶には細かなことは残っていません。漱石も谷崎も文豪といわれれば文豪なのかと思うほどに気高い峰をもった作家だと思います。今年2018年、平成30年、あらためて文学をたしなみたいと思うところから、この小文を書きました。推敲なしです。
posted by shigeo at 09:22| Comment(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月31日

フォトハウス表現塾の開塾です

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フォトハウス表現塾のHP
<ご案内>
2018年4月開塾
「フォトハウス表現塾/写真」講座です。
ただいま受講予約、事前面談予約、受け付けています。
詳細は主宰者中川またはアマノコーヒーロースターズへお問い合わせください。
レッスン場の所在地はAMANO COFFEE ROASTERS
<アマノコーヒーロースターズ>
〒603-8203 京都市北区紫竹東高縄町23-2ルピナス1F
Tel&Fax(075)491-6776 です。
https://www.facebook.com/good.coffee.kyoto
中川のフェースブックメールアドレス
facebook:https://www.facebook.com/sense.nakagawa
mail:pressnakagawa@yahoo.co.jp
posted by shigeo at 14:50| Comment(0) | 絵画・写真・映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月18日

フォトハウス表現塾/写真-案内1-

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フォトハウス表現塾のHP
フォトハウス表現塾の写真レッスンでは、個別に対応を原則としています。
というには理由があって、最近の写真を撮るスキルを、ひとくくりにはできない。
たとえば、シニアの方で、パソコンやスマホがうまく使えない人には、そこから。
若い人で、スマホを使い、インスタやフェースブックを使う人にはその人流に。
スキルだけでいいというひと、写真論とか、深い知識がほしいと思っているひと。
人により、ニーズが違うから、その人にあわせて、カリキュラムを組み立てる。
個人別だからこそ、そういうレベルで写真制作に入ってもらって、アートを知る。
もちろん個別ではなくて、グループレッスン希望の方には、それにも対応します。
これまで学びの現場に携わってきたメンバーが、相談しながら決めていきます。
こんな学び方で、経費は最小、1~2年かけて全部受けても10万円前後です。
ただいま受講予約、事前面談予約、受け付けています。
主宰者中川繁夫またはアマノコーヒーロースターズへお問い合わせください。
facebook:https://www.facebook.com/sense.nakagawa
mail:pressnakagawa@yahoo.co.jp
掲載写真は、塾を開く場所、アマノコーヒーロースターズです。
AMANO COFFEE ROASTERS
<アマノコーヒーロースターズ>
〒603-8203 京都市北区紫竹東高縄町23-2ルピナス1F
Tel&Fax(075)491-6776 です。
https://www.facebook.com/good.coffee.kyoto
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