写真とは何か-1-

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はじめに
これまでにも幾度か<写真とは何か>と問いかけ、論を重ねてきたところです。にもかかわらず、明確な答えが出せないまま、おぼろげに写真というものの、その外形が語られたかと思うところです。あらためて、ここに写真とは何かという枠組みで、論を形成していこうと思うところです。写真というものの定義からはじめて、さまざまな側面から論じていく、という流れになろうかと思います。制作技術的な側面、カメラ機材の側面、それから撮られる内容について、つまりは写真を撮る行為の核心を明らかにしていきたいと思うのです。

写真そのものの歴史は、年月的には、写真の発明とされた1839年から180年ほどが過ぎたところです。ところが、その後、写真というものの内容を論じようとすると、その前史としての絵画史を紐解かなくてはならないだろうし、絵画史を紐解くためには、文学や哲学の領域を念頭におかなくてはならないだろう。そのように枠をひろげていくと、際限なく写真という目に見える形としての像を定着させたモノを、どのように捉えればよういのかという考察の対象に向かっていくように思えます。なので、どこで区切るかということが、その時々に生じてきます。

論を完全な形でまとめられるはずもなく、いくつかの論を、群としてまとめる。そのまとめを作り出すことで、その総体が浮かび上がってくるのではないか。この予測は、まったく一般論でしかないのだけれど、そこに準拠して、入り口をマトリクス化し、その個々から内部へ入っていくことになるのではないか。また、ここに描かれる個々の論がマトリクス化され、立体化され、見えなかった処が見えだして、全体が新しい見方につながっていくこと。ここから書き進められる<写真への覚書>と題した文章が、写真という表現の方法を、共存する社会のなかで意味づけるものでありたいと思うところです。