写真のはなし-1-

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あんまり難しく考えると文章が書けないからここが更新できない。
だからブログタイトルも「写真のはなし」と改名して、ざっくばらんに書いてみます。
写真と言ってるけど、写真ばかりに興味があるわけではなく、写真の奥に興味がある。
写真の奥って、写真に撮ってあげる被写体の意味するもの、これを撮る、ということ。
写真だけじゃなくて、絵画とかも含めて、平面イメージ表現といえばいいのでしょうか。
目に見て思う平面、写真や絵画、このイメージ物とその描かれている物を見て思うこと。
よくわからない、なんでそれなのか、なんで相手がそれを示してきているのか。
ぼくは示すほうでもあるので、示すそのなかみが、何なのか、ということを考えます。
写ったり、描いたりすることではなくて、その相手、写るもの、描くもの、それと自分。
なんだか、わけがわからなくなってくるから、言葉が紡げなくなってしまうのでしょうね。
こういう性格といえばそうなのかもしれないけれど、納得しようと思うわけです。
ところが納得しようがないところへ行ってしまって、悩んじゃうんですね。
でも、好きなお方が、撮った写真や描かれた絵は、それだけで自分のものにしたい。
手に入れたい、抱きしめたい、そのような感覚になってしまいます。
ということは恋の代償物として、そこから恋の相手の心を探る、そういうことだろうか。
わからないけど、共有したいと思う、その対象が写真に撮られた物、そのものでしょうか。