フォトハウス-3-

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最初、写真舎という名前を使っていたのですが、そのまま英訳してフォトハウスとしました。
東松さんからは、バウハウスを想起しているのか、と問われて、意識していますと答えました。
その後、デジタル・バウハウスとの呼び名が出てきたときには、フォトハウスを想起しました。
新しい時代をさきがけて、新しい潮流を創生していく組織体としての、デジタル・フォトハウス。
フォトハウスがこだわるのは、静止画を制作するということの全て、です。
いまや静止する画像と、画像が連続する二次元映像、視覚的に立体化する映像態があります。
一枚の静止画は、具体化するイメージの原点です。
静止画は、絵画から始まり複製可能な版画、そこから写真術が発明されてきます。

ニエプスが最初に画像を得たのが1826年とありますから、それからおよそ200年が経ちます。
人間が描く絵画ではなく、自然が描く絵画として、日本語で「写真」フォトグラフィーです。
写真術は、ゆっくりと生成してきて1990年代になってデジタル化してきます。
いまやカメラはデジタルカメラ、カメラの構造、記憶素子はフィルムからデジタル信号です。
写真の歴史200年、そのいつの時代を輪切りにしても、そこから作品が生じさせられます。
新しい方法にだけに、優先的に価値を与える、という方法はとりません。
ただ何時の時代もそうですが、最大の関心ごとは、今、新しい機材が作り出す作品のことです。
フォトハウス表現塾を創っていきますが、そのなかみは、写真200年史の全体が対象です。

写真というコアがあり、その周辺に、並列的に絵画、映像があります。
時系列に並べると、絵画、写真、映像、ということになります。
映像は、バーチャルリアリティを獲得し、メディアアートへ展開してきています。
絵画、写真、映像の流れは、技術的なサポート、機材の開発によって展開します。
アーティストは、それぞれの時代に、その機材によって新しい作品を生み出します。
このときの「新しい作品」そのものは、文学や音楽の潮流と交流すると考えています。
意味するもの、価値生成させるもの、それが言葉であり、文学領域であると思っています。
分化させたセグメントを組み合わせていく作業が、いま思考的に求められているのです。

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