これから-7-

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なにを論拠とするか、これを探し求めているんですが、参考資料がないのです。
ええ、現代を解くカギ、キーワード、それから飛び立つための思想背景、のことです。
でも、どうも、まわりを見渡してみて、その論拠が見つからないのです。
下敷きにする思想背景から、飛躍しないといけないわけです。
そうするとぼくのなかに下敷きとすべく思想があるのか、と問えば、ないなぁ。
言葉は知ってる、人の名前も知ってる、でも知ってるだけで、深くは知らないんです。
たとえば、マルクス、柳田国男、これは柄谷行人さんの本に出てくるお名前です。

いまさらなぁ、もう高齢者だし、まもなく後期高齢者に位置付けされる年齢です。
アクティブに動いている世界からは、もう遠くへ来ているなぁ、と実感します。
だから、名誉職に君臨するお方が多くて、その方たちが過去の実績で、評価されてる。
ぼくは、過去じゃなくて、今、現在、なにを生み出しているのか、ここを問題にします。
アイデアだけでなくて、実行する枠組みの生成を試みるわけです。
でも、結局、アイデアしか出せてないなぁ、と反省しているところです。
だから、もう現役ではなくて退役になっているんだと思うのが正しいですね。

でも、この20年間、すくなくとも総合文化研究を提唱したころから、今までのこと。
基本原理みたいな位置から、発言、発案していると、自分では思っているところです。
その基本原理とする位置は、虐げられた場所からの発想、持たない立場からの発想です。
すくなくとも、資本に従属しない立場から、ことを起こしていくこと、に尽きます。
まあ、全共闘世代特有の、思考の枠組みなのかも知れませんね、反権力という権力構築。
この枠組み自体も、いまや解体されて、新しい枠組みが作られないと、いけないですね。
ちっとも具体的でないから、イメージ化されることも、難しいのかも知れませんけれどね。

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