2018年07月26日

文学のはなし-3-

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先に記事を書いてアップしようとしたら、エラーが出て文章が消えてしまいました。
文章イメージと画像イメージとの関係性について、考察していたんですが、消えた。
ついてないなぁ、ではなくて、それは駄文だったから、パソコンがセーブしたんだ。
なんて、考えて納得しようとしているんですが、AIの時代、ロボットの時代ですね。
掲載した写真は手づくり市での「あおい」さんのテーブルです。
和紙写真・和箱・手織り<あおい>という名刺をいただきました。
文学のはなし、ぼくが文学の特に小説に興味を持ったのは、二十歳くらいだったか。
詩を書いて、手作りの詩集を発刊したりしてたのが17歳、高校二年生でした。
それから散文を書くようになるのですが、詩文よりも散文、小説に傾斜します。
たくさん原稿用紙を書き潰しましたよ、コクヨの原稿用紙ではなく特注の原稿用紙。
大学の論文原稿用紙を使いました。
でも、結局、続けられなかった、興味が薄れていきました、27歳かな。
たくさん、小説を読んだけど、読むばかりで書けない、読むこともやめた。
文学は、近代になって小説の形式が出来てくるんでしたか。
音楽もそうですね、古典派、ロマン派、とか形式と内容ですか。
絵画はかなり昔からありますが、近代絵画という印象派あたりからですか。
こう考えてみると、ぼくなんか、どっぷり近代の枠組みから離れていないですね。
文学の現在、現代文学は、そういうことになっているのか、分かりにくいです。
写真の現在、現代写真は、分かっているようで、分かっていないのかも、知れない。
いま、今をどう生きる、あらためて、<いま>をどうとらえるか、ですね。
テーマ自体が、今をどうとらえるか、ということで、<いま>への理解が問題です。
(続く)

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2018年04月15日

滅びの文学

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 突飛な話だけれど、ぼくの手元に「滅びの文学」と題された単行本がある。もう何十年も前のことだと思って中を見ると1996年10月の葉書が出てきた。いま2018年だから22年前ということになる。ぼくは72才になるから50才の時に送られてきた葉書だ。なぜ、どうして、いま、ぼくが、この本「滅びの文学」を手にしたのか、ということだ。懐かしいと思ったから、というのが第一の理由だ。箱から取り出し、まだビイビイ紙がかぶさったままの上製本のそれを開くと、生田耕作さんが亡くなられて三回忌記念の「生田耕作著作展」を企画した<アスタルテ書房>からの葉書だ。この書籍と生田耕作コレクションを購入した記憶が、甦ってきた。

 「滅びの文学」副題に「バタイユとセリーヌ」つまり生田さんのバタイユ論とセリーヌ論をまとめた一巻なのだ。ぱらぱらと読みだしたが、30分もしないうちに、ぼくは本を閉じてしまった。シュルリアリズムの領域を愛好していたその頃、書籍は買ったものの積読に過ぎなかった記憶を蘇らせ、読めるモノなら読んでみようと思ったわけだ。ぼくは混濁して、もう時間がないのだ、と思わざるを得なくて、まだ捨てずに残してあるそれらの書籍を、今しばらく眺めてみようと思うのだ。内容は、「滅び」、滅びだというが実は滅びていくのではなく、生成し、興隆していく、これからの文学形式、あるいは領域、その内容なのだと、ぼくは確信するのだ。

 ときあたかも、明日、「京都極彩秘宝館」展の搬入日である。この展覧会の展示物は主に静止画・写真作品である。およそ20人の作者が、写真を展示する、書籍を展示する、という展覧会であって、ぼくは、この展覧会の企画をロマンリアリズムと括っているのだ。シュールリアリズムからおよそ一世紀を経て、滅びの文学は滅びるのではなく、漸くその社会的認知の時代が来たのだ、と思うのだ。バタイユであれ、セリーヌであれ、アンドレ・ブルトンであれ、大戦の狭間において人間を回復させようとした善意が、悪として正規の社会システムから封印されてしまった。この封印が、今、解かれようとしているのだ。ぼくもペンネームで参加するが、今やすでに、研究すべく時間がない。(続く)2018.4.15。
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2018年04月06日

太宰治のこと

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中川繁夫のホームページ
 ぼくの人生、生きていくうえで影響を受けた小説家といえば、堀辰雄、高橋和巳、柴田翔、もっと細かくいえば漱石や鴎外、犀星や藤村、でもね、言いたくても大手を振っていえない気持ちになる太宰治をあげなくてはならないと思う。読み込んだというか、太宰フアンはたくさんいらっしゃるから、ぼくなんかはその端くれにも位置しないかも知れませんが、ひところ、太宰抜きには考えられなかった日々がありましたのよ。御年19才から21才くらいでだったでしょうか。「斜陽」もさることながら、「人間失格」を読んだ後の夢は、悪夢というか、奈落の底へ落されたような気持になりました。いいえ、こんな体験はぼくだけじゃなくて、太宰に魅了されるお方は、今もってたぶん、同じだろうと思われます。最近で太宰の話題を出した場面は、もう二年半も前になりますが、たまたま文学の話で、太宰を出して、その人も太宰を読んだと言いました、読んだけれど、友達がショックを受けたほどには、それほど感じなかったという小悪魔的なその人でした。

 ともあれ、太宰治を最初に読んだのは、まだ音楽家になろうとしていた頃で、勤め人一年生、十字屋にいたころだったと記憶しています。二十歳になった年の成人式の日、ぼくは音楽の仕事を辞めていて、文学に興味を持ちだしていて、でも浪人となっていて、不安定な身の上、いまいる彼女とつき合っていて、恋心は満ちていたけれど、人生への落ち込みは、それだけでは癒されなくて、太宰を読んで呑み込んで、慰められた気がします。死にたい死にたい死にたいという太宰治。でも、東京大学に入学してる、津軽地方の名士の家系で、経済的には何不自由ないヒトじゃないですか。まったく、ぼくの素性とは異質な、対極にあるようなヒトが、ぼくの心を支えてくるとは、なになんだろう。生きるということの基本の源泉が、感情として同化していったのだろうか、いまは高齢になっているぼくには、青年期の研ぎ澄まされた鋭さはありませんが、思い出すと、とおいとおい向こうに、地を這っている自分を見てしまいます。太宰は、心の支えだった、とだれもが言う言葉を、ぼくも同じように使わせてもらいたいと思います。

 その後、小説家をめざすぼくは、太宰のことを誰にも話すこともなく、しかし、この歳になっても太宰のような文章を書きたいという欲求があります。筑摩書房から太宰治全集が発刊されて、それを買って、今も手元にありますが、全部読んだとは言いませんが、ほぼ読みました。何度も読んだのもあるし、一回だけのもあるし、思い出せば「虚構の彷徨」なんて小説があったと思うけど、題に惚れて、何度も読んだ、心中して女だけが死んで自分が生きている、という話があったように思います。同時期に読んだのが高橋和巳でしたが、読みやすさでいえば太宰治。いまもって、太宰を意識しながら文体を作ったり、文章を書いたり、スピード早く書いて、その速さで、読者の心を揺すれないかと思うのです。アダルト分野でいえばロマンリアリズムを提唱しているところですが、文章を読ますことでエクスタシーに導けないか、と思うわけです。究極の小説、読ませてエクスタシーにのぼらせられる小説、ということですが。それって、ぼくの理想です。

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2018年04月04日

文学のはなし-2-

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 文学といっても幅が広くて、奥行きが深くて、主題を絞っていくのに困ってしまいますが、ここではイメージをイメージのままにするのか、イメージを言語に置き換えて、文章という奴に組み替えるのか、このあたりのことを扱いたいと思っています。

 小説はフィクションで、作り話ということだけど、作り話の元となる事象は、実際にあったことというか作者の体験をイメージにして、それは映像にして、と言えるとおもうのだけど、その映像を言語に置き換えていく作業だと思います。いくつもの出来事を組み立てて、物語にして、現実に起こったこととは位相がちがう仮想現実にしてしまうわけです。

 書いていいこと、書いてわるいこと、良否という判断を、どこかでしなければなりません。線引きといえばいいのか、どこで線を引くか、ということ。プライバシーとパブリック、それの境目をどこにするのか、とか、性を扱う表記の仕方、世間ではアダルトとか18禁とかの言い方で一線を引くその境目、境界線をどこで引くかということ。

 文章を書くという行為のなかに、そういった様々な枠組みを決めていかなければ、型にならない。扱う現場をどうするか、表すイメージの現場を、どう描くのか、諸々のことです。アダルト、という枠が設けてあり、その枠を示せば、かなりのことが表記できるように思えます。文章表示による性描写など、かなりできる、思うことのすべてができる、とはいはないけれど、かなりの表現ができるのではないか。ここは、アダルトではないから、自粛して、性にまつわる描写は避けなければならない、と自主規制をおこないます。

 文学の枠が、曖昧になってきて、流動化していて、どう組み立てたら「現代」なのか。現代表現研究所を表記して、現代の表現を研究する所、と解釈していきますが、その枠のヘッジをどのようにして策定し、乗り越えるのか、といえば過激になり、その枠の内において、といえば許されるが面白くなくて、ヘッジをヘッジとして、そのヘッジに添って文章を書けばいいのか、と思うところです。それができるかどうか。イメージ、絵とか写真とか映像、ならこの体制の枠で、どこまで許されているのかというヘッジを想定して、それに沿うか沿わないか、そのことですね。では、また、考えましょう。
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2018年03月03日

文学のはなし-1-

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 <文学のはなし>というカテゴリーを設けました。以前には<文学>というカテゴリーで、ぼくの気に入ってきた作家さんをピックアップして書きました。そこで、もう少し枠をひろげて、文学というか文字を使った領域のことを、エッセイ風に書いていきたいなと思ったところです。なるべく書きやすくするために、フラットに書いていこうと思います。そもそも文章を書くって、けっこうハードルが高いように感じるじゃないですか。たしかに一定の勉強というか、トレーニングを積まないと、それなりの文章が書けないと思うところです。人にはそれぞれ得手不得手があると思います。そういうことでいえば、ぼくは文章を書くことを、それほど苦には思わないから、ほかの表現方法からいえば、得手のほうだと思います。小説を書きたいと思うし、批評をしたいと思っています。これが高じて、文学というと学問だから、日常にしゃべる会話では通用しないわけだと思っています。(続く)

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2018年02月08日

森鴎外のこと

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フォトハウス表現塾のHP

 まえに漱石のことに触れたから、その時代の文豪といわれている森鴎外について書いとかないといけない気持ちになっていました。森鴎外は軍医で、軍医を続けながら小説を書き続けた。そういうことでいえば、漱石は小説書きになる決断をするとき、教職を去って、やくざな小説書きになってしまう。漱石と、鴎外と、どこがどう違うのかといえば、このことです。本職になるか副業にしていくか、この違いだと思うのです。漱石が人間の深くへ降りていくのと比べ、鴎外はその形骸化した世界を描いたに過ぎないのではないか、と考えています。イタセクスアリスでしたか、ダンサーでしたか、性遍歴と舞姫、鴎外の初期の代表作だったと思いますが、そこには個人の煩悶する姿が抽出されたかのように思えますが、後期の歴史小説、大塩平八郎なんかは、通俗的な小説でしかなかったと思います。

 文学をたしなもうとして、小説を書こうとして、大学の文学部を志願して、近代日本文学を専攻したんだけれど、漱石に触れるのは卒業後ですが、鴎外は三回生のゼミで、テーマとしてその大塩平八郎を選んだところです。軍医のままに生涯を終える鴎外、それに対して今でいう大学教授の職を捨て、朝日新聞社に所属して小説を書くという道を選んだ漱石。決意の問題で、ぼくが気になっていたのは公務員をしている自分のことで、いずれどこかで漱石になりたいと思っていて、公務員を辞めるきっかけは、そこにありました。いま漱石よりも20数年も多くを生きている自分があって、なにしてるこっちゃ、なんて思っていて、時代と共に生きようと思っていて、素浪人となった今、本当の意味で、漱石が出来るかも知れないと密かに思うところです。別のブログで、小説を書くためのブログを先ほど作りました。「淡水文章ブログ」と命名したブログです。漱石さんが新聞連載していったように、ぼくはブログ連載で、少し小説に、フィクションしてみようと思うところです。

 たいした文章が書けるわけでもなく、読ませるだけの文体と内容が備わるかといえば、心もとない話ですが、そう決断したからには、自分なりに試行錯誤を繰り返しながら、エンドレスで行けたらいいなと思います。「淡雪の街」と名付けた小説、どういう展開になるかは未定。描きながら、ブラシアップするといっても連載形式で本番そのもので書くわけだから、行き詰まったら、最初から再度、書き直すしかない小説ですが。テーマは「愛」「性愛」「愛欲」なんていえば、18禁になってしまいそうだけど、そうではなくて、現代小説の枠に収まる枠組みで、書いていくつもりです。小説歴でいえば、2004年ごろから書き始めて、しだいにブラシアップされてきて、フィクションとしての要領もそれなりにわかってきたと思っています。同人<翔・翔>を再開します。やっぱり話し合うメンバーが欲しいと思っています。写真においてもグループを作って運営したいと思っていて、こちらはまだ名前がなくて<フォトハウス写真研究会><PH写研>でいいかと考えるところです。ちょっとしんどい話だけど、ね。
posted by shigeo at 17:21| Comment(0) | 文学のはなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする