小説のはなし-2-

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芥川龍之介の小説に<藪の中>ってのがあったと記憶しています。
高校の頃に読んだ小説でしたが、たしかひとつの事実にいくつもの証言があらわれる、でしたか。
わけわからんわけではないけれど、ひということみなちがうから、わけわからん、になる。
でも藪の中という言葉を、意識して写真を撮って<無題>として、見ているところです。
写真、イメージの解釈って、いろいろな見方があって、見え方があって、何が正解かわからない。
これ、現状の認識だと思うんです。

それから、プルーストの<失われた時を求めて>という小説があります。
この小説を、ぼくは、詳しくは読んでいませんが、とっても長編で、いくつもの話が連なる。
そういうようなイメージを持っていて、そのイメージからのインスピレーションで、判断します。
まるで知恵の輪のような構造なのか、先にはお多福飴、どこを輪切りしても同じ顔があらわれる。
そういう構造なのか、小説というフィクションの構造について、いろいろ思うわけです。
藪の中の構造、失われた時を求めての構造、ぼくの大袈裟だけど小説作法をいうなら、混合です。

そういえば、いまは21世紀、科学技術が発達して、人間の知能を凌駕する時代ですね。
そういう時代にあって、単純に、人の心を疼かせる、感動させる文章とは、どんなものか。
内容はセックスの現場、これの描写の仕方、リアルロマンと呼んでいるんですが、リアリズム。
ロマンは豊かな、福よかな、艶やかな、人の内面がとろけそうなイメージの文章、イメージ。
ひらがな、カタカナ、漢字、これを巧みに使って、組み立てて、物語にしていくわけです。
日活ロマンポルノ、パートカラー映画、これらは映像作品ですが、これの文章版の話です。

小説のはなし-1-

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お多福飴と金太郎飴ってご存じですか。
年配の方なら、ああ、あの飴、どこから切っても顔が出てくる、あの飴です。
毎年、節分のときにこの飴を売ってる屋台が出るので、見てしまいます。
小説を書いている覆面作家ですが、この輪切りを小説の手法に応用してみよう。
どこから読んでも、愉しめる読み本、それを集大成してひとつの物語にする。
愉しめる読み物だから、むつかしい論理は抜きにして、読んで感じていく小説。
食べること、性愛すること、この二つがおおきなテーマなのです。

昔といっても半世紀以上も前、そんなに昔ではありませんけど、母が飴を売っていた。
どこからか仕入れてきて、屋台で売っていた。
金太郎飴よりもお多福飴に興味をそそられるのは、それが女の顔だからでしょうか。
お多福さんの物語はどんなのか知りませんが、お亀さんなら、わかります。お多福さんとお亀さん、同一人物なのかどうかはわかりませんが、です。
そろそろ節分、2020年、令和二年の節分祭です。
今年は、出かけてみるかどうか、まだ思案中ですが、これは壬生寺のお店です。

文学のはなし-4-

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このまえ176ギャラリーで個展してらした鈴木さんが小説を書いていると知りました。
文学のことを話したり聞いたりすることは、最近にはほとんどありませんでした。
大阪文学学校に所属していらっしゃるとか、同人誌を作っていらっしゃるとか、聞きました。
たまたま鈴木さんの小説が載った本を写真に撮らせてもらって、いま見ると、文学と出会う場所。
文学の世界って、内部事情って、全く分からないんですが、知ってるのは半世紀前のことです。

自分なりに、自分の方法で、日々フィクションを手掛けていて、もう10年以上が経ちます。
ペンネームを使って、ブログに連載していて、けっこうアクセスはありますが表に出せない。
それでも物語としてだれでも読める小説は、花と小説に収録してあります。
ブログに連載していますが、ブログはある時期すぎると抹消してしまいます。
ひとりで書いて連載していて、合評とかは全くなし、話題にもできません。

思ってみれば、ぼく自身、文学への傾斜は相当にあるなぁ、と思います。
写真は、簡単、ブログに載せるのも簡単、インスタなんて即席でできますね。
文章となると、なかなか、写真ほど簡単に、とはいかなくて、体力と知力が要ります。
それでも書くのをやめなくて、雑文、これなんか典型ですが、意味為さない雑文の部です。
文学のはなしを、いろいろしてみたいけど、もうついていけないなぁ、と躊躇しています。

文学のはなし-3-

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先に記事を書いてアップしようとしたら、エラーが出て文章が消えてしまいました。
文章イメージと画像イメージとの関係性について、考察していたんですが、消えた。
ついてないなぁ、ではなくて、それは駄文だったから、パソコンがセーブしたんだ。
なんて、考えて納得しようとしているんですが、AIの時代、ロボットの時代ですね。
掲載した写真は手づくり市での「あおい」さんのテーブルです。
和紙写真・和箱・手織り<あおい>という名刺をいただきました。
文学のはなし、ぼくが文学の特に小説に興味を持ったのは、二十歳くらいだったか。
詩を書いて、手作りの詩集を発刊したりしてたのが17歳、高校二年生でした。
それから散文を書くようになるのですが、詩文よりも散文、小説に傾斜します。
たくさん原稿用紙を書き潰しましたよ、コクヨの原稿用紙ではなく特注の原稿用紙。
大学の論文原稿用紙を使いました。
でも、結局、続けられなかった、興味が薄れていきました、27歳かな。
たくさん、小説を読んだけど、読むばかりで書けない、読むこともやめた。
文学は、近代になって小説の形式が出来てくるんでしたか。
音楽もそうですね、古典派、ロマン派、とか形式と内容ですか。
絵画はかなり昔からありますが、近代絵画という印象派あたりからですか。
こう考えてみると、ぼくなんか、どっぷり近代の枠組みから離れていないですね。
文学の現在、現代文学は、そういうことになっているのか、分かりにくいです。
写真の現在、現代写真は、分かっているようで、分かっていないのかも、知れない。
いま、今をどう生きる、あらためて、<いま>をどうとらえるか、ですね。
テーマ自体が、今をどうとらえるか、ということで、<いま>への理解が問題です。
(続く)

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滅びの文学

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 突飛な話だけれど、ぼくの手元に「滅びの文学」と題された単行本がある。もう何十年も前のことだと思って中を見ると1996年10月の葉書が出てきた。いま2018年だから22年前ということになる。ぼくは72才になるから50才の時に送られてきた葉書だ。なぜ、どうして、いま、ぼくが、この本「滅びの文学」を手にしたのか、ということだ。懐かしいと思ったから、というのが第一の理由だ。箱から取り出し、まだビイビイ紙がかぶさったままの上製本のそれを開くと、生田耕作さんが亡くなられて三回忌記念の「生田耕作著作展」を企画した<アスタルテ書房>からの葉書だ。この書籍と生田耕作コレクションを購入した記憶が、甦ってきた。

 「滅びの文学」副題に「バタイユとセリーヌ」つまり生田さんのバタイユ論とセリーヌ論をまとめた一巻なのだ。ぱらぱらと読みだしたが、30分もしないうちに、ぼくは本を閉じてしまった。シュルリアリズムの領域を愛好していたその頃、書籍は買ったものの積読に過ぎなかった記憶を蘇らせ、読めるモノなら読んでみようと思ったわけだ。ぼくは混濁して、もう時間がないのだ、と思わざるを得なくて、まだ捨てずに残してあるそれらの書籍を、今しばらく眺めてみようと思うのだ。内容は、「滅び」、滅びだというが実は滅びていくのではなく、生成し、興隆していく、これからの文学形式、あるいは領域、その内容なのだと、ぼくは確信するのだ。

 ときあたかも、明日、「京都極彩秘宝館」展の搬入日である。この展覧会の展示物は主に静止画・写真作品である。およそ20人の作者が、写真を展示する、書籍を展示する、という展覧会であって、ぼくは、この展覧会の企画をロマンリアリズムと括っているのだ。シュールリアリズムからおよそ一世紀を経て、滅びの文学は滅びるのではなく、漸くその社会的認知の時代が来たのだ、と思うのだ。バタイユであれ、セリーヌであれ、アンドレ・ブルトンであれ、大戦の狭間において人間を回復させようとした善意が、悪として正規の社会システムから封印されてしまった。この封印が、今、解かれようとしているのだ。ぼくもペンネームで参加するが、今やすでに、研究すべく時間がない。(続く)2018.4.15。

太宰治のこと

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 ぼくの人生、生きていくうえで影響を受けた小説家といえば、堀辰雄、高橋和巳、柴田翔、もっと細かくいえば漱石や鴎外、犀星や藤村、でもね、言いたくても大手を振っていえない気持ちになる太宰治をあげなくてはならないと思う。読み込んだというか、太宰フアンはたくさんいらっしゃるから、ぼくなんかはその端くれにも位置しないかも知れませんが、ひところ、太宰抜きには考えられなかった日々がありましたのよ。御年19才から21才くらいでだったでしょうか。「斜陽」もさることながら、「人間失格」を読んだ後の夢は、悪夢というか、奈落の底へ落されたような気持になりました。いいえ、こんな体験はぼくだけじゃなくて、太宰に魅了されるお方は、今もってたぶん、同じだろうと思われます。最近で太宰の話題を出した場面は、もう二年半も前になりますが、たまたま文学の話で、太宰を出して、その人も太宰を読んだと言いました、読んだけれど、友達がショックを受けたほどには、それほど感じなかったという小悪魔的なその人でした。


 ともあれ、太宰治を最初に読んだのは、まだ音楽家になろうとしていた頃で、勤め人一年生、十字屋にいたころだったと記憶しています。二十歳になった年の成人式の日、ぼくは音楽の仕事を辞めていて、文学に興味を持ちだしていて、でも浪人となっていて、不安定な身の上、いまいる彼女とつき合っていて、恋心は満ちていたけれど、人生への落ち込みは、それだけでは癒されなくて、太宰を読んで呑み込んで、慰められた気がします。死にたい死にたい死にたいという太宰治。でも、東京大学に入学してる、津軽地方の名士の家系で、経済的には何不自由ないヒトじゃないですか。まったく、ぼくの素性とは異質な、対極にあるようなヒトが、ぼくの心を支えてくるとは、なになんだろう。生きるということの基本の源泉が、感情として同化していったのだろうか、いまは高齢になっているぼくには、青年期の研ぎ澄まされた鋭さはありませんが、思い出すと、とおいとおい向こうに、地を這っている自分を見てしまいます。太宰は、心の支えだった、とだれもが言う言葉を、ぼくも同じように使わせてもらいたいと思います。


 その後、小説家をめざすぼくは、太宰のことを誰にも話すこともなく、しかし、この歳になっても太宰のような文章を書きたいという欲求があります。筑摩書房から太宰治全集が発刊されて、それを買って、今も手元にありますが、全部読んだとは言いませんが、ほぼ読みました。何度も読んだのもあるし、一回だけのもあるし、思い出せば「虚構の彷徨」なんて小説があったと思うけど、題に惚れて、何度も読んだ、心中して女だけが死んで自分が生きている、という話があったように思います。同時期に読んだのが高橋和巳でしたが、読みやすさでいえば太宰治。いまもって、太宰を意識しながら文体を作ったり、文章を書いたり、スピード早く書いて、その速さで、読者の心を揺すれないかと思うのです。アダルト分野でいえばロマンリアリズムを提唱しているところですが、文章を読ますことでエクスタシーに導けないか、と思うわけです。究極の小説、読ませてエクスタシーにのぼらせられる小説、ということですが。それって、ぼくの理想です。