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嵐山の渡月橋のまえをまっすぐ行くと、嵯峨釈迦堂、清凉寺の門前にきます。
ぼくも、最近、京都の神社仏閣を訪ねて行って、写真を撮っているところです。
いくつか、取材に入るルートがあって、ここから始めるコースがあります。
いつの間にか、ここから、この門前からシャッターを切りだすようになりました。
ここは、中学生のころ、清滝へ飯盒炊爨にいくとき、通ったポイントです。
ここから嵯峨野経由で嵐山へ向かうとき、愛宕の方へ向かうとき、があります。

行きなれた場所ですが、そのつど、同じ場所、同じアングルで写真を撮っています。
動画で撮ることはしていません、静止画だけです。
ここへいくと、平安京がはじまったころを、いろいろ想起します。
源融の別荘から始まったというこの場所が、なにかしら、心に響くのです。
愛宕の方へ向かうとき、嵯峨病院というのがあって、気になる病院です。
精神科の病院ですが、高校の時の同級生のお家が、経営している病院なのです。
(続く)

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10年ほど前になりますが、ある仏閣の仏像に感動、写真を一枚、撮らせてもらいました。
写真ですが、手元にあってときたま見ると、ぼくのなかに感動が起こります。
文章を書いたり、写真を撮ったり、制作活動を続けている輩です。
現在は、インターネット経由で、作品を公表するばかりです。
現在の発表形態で、コストがかからないから、重宝しています。
でも、まだまだ世間の価値観は、出版物にあり、展覧会にあると思っています。
ぼくの課題は、それにどう向き合って、対抗して、成熟させていくのか、です。

出版物の歴史は、印刷技術が考案されたあたりから、本格化したと思えます。
それまでは、版木に彫って刷ったと思うけど、まあ、目に見えるものでした。
写真は、絵画を起源だと思いますが、フィルムができて、世に広まりました。
フィルムからデジタルデータになって、ネットに載せることができる現在です。
ネット社会になる、デジタルの時代になる、歴史としては25年ほど経ったところです。
デジタルで制作した写真や映像を、新しいメディアであるネットに展開する。
それが、成り行き、旧態メディアとは違う、新しいメディアでの表現なのだと思います。

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毎月第四土曜日の午後に「現代写真の研究会」を開催しています。
この枠で研究会を開くようになった経緯は、現代写真をどうとらえるか、です。
三年前に現代表現研究所を設定し、参加を呼びかけているところです。
そこから学びの場として「京都表現学校」を開校しました。
セオリー、絵画、写真、映像、文学、音楽、かって分けられている分野の個別。
細分化された個別を、統合していく視点で、捉えていこうという目論見です。

各分野の中心を担ってくれるメンバーを探していて、声かけもしたところです。
でも、現実には、共に学ぼうという希望者が見つからなくて、写真に特化したわけです。
2020年も残すところ五日間、来年はどういう歳になるのかわかりません。
ますます底流が見えにくくなっている時代に、突入していると思っている昨今です。
作家、あるいは批評家、それを発信していく仕掛け人、京都から新しい波をと思います。
来る人は来る、来ない人は来ない、金の切れ目が縁の切れ目にならない関係を、です。

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等持院、足利尊氏とか、室町時代の社寺で、京都は衣笠山の南にあります。
先日、この等持院へいきまして、拝観させていただきました。
方丈の庭、竜安寺の庭みたいですけど、それほど石がないですね。
観光の人がどっと押しかけるという社寺ではないけど、静かな佇まいでした。
中学当時、友だちがその界隈にいたので、等持院、その名前は知っていました。
拝観させてもらったのは初めてで、たぶん最後になるかも、と思います。

昨日は、平安京創生館、京都アスニーへ行ってきました。
ある部分を除いて、写真撮影可能なので、資料を撮影させていただきました。
年表とか、いろいろ、京都を知るための資料が、あるから、参考にします。
沢山の研究者の方たちが、あの手この手で整理して、資料化されています。
そのうえにあぐらをかかせてもらって、知ったかぶりして、文にしたりします。
所詮過去からの集積をもとにして、ぼくは出発するに過ぎないのです。

京都の写真集、21世紀京都光絵図、いろいろ参考文献を見たりします。
今どきの京都を組み立てる、写真でもって、ネットの中に、です。
絵巻物、いろいろありますね、これなんか参考になります。
京都光絵ミュージアム、なんていいイメージかと思います。
回廊形式で、クリックしながら、バーチャル空間、写真が現れる、なんて。
でも、まあ、ぼくの技術力は知れているから、まるで子供の玩具でしょうね。

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なにかしら、京都には六角堂があって、聖徳太子に由来するとか。
そこでその六角堂へ行ってみて、いろいろ知識を得てきました。
へそ石というのがあって、京都のど真ん中、ここが臍、中心だというのです。
たしかに、京都全体を俯瞰したら、ここが真ん中だといってもいいかと思う。
聖徳太子だから、平安京造営よりも前ですから、当時、ここは野っ原だったのか。
華道の池坊がここにある、華道発祥の地でもある、とあります。

自分のための写真集を作ろうと思っているわけです。
来年75歳になる輩で、新たに神社仏閣、町の中を歩いてみようと思うわけ。
これまで撮りためた写真は、新しい京都写真集では使わないようにしよう。
いま、ブログで、嵯峨野慕情、そのあと京都物語、連載していく予定です。
それはスマホで撮った写真で、新たな写真集はコンデジで撮る写真です。
どんなのになっていくのか、未定形、現在進行形、こんなところです。

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2004年にデジタルカメラを手にして、およそ16年が過ぎたことになります。
いまや写真といえばデジカメで、スマホのカメラのほうが多いのかな。
だれもがカメラを持っている時代になっていて、SNSが大流行りです。
ぼくもSNS、三種の神器、アカウントもっていまして、活用しています。
ひところは拡大拡大で、ひろげていましたが、いまは限定限定ですぼめています。
情報がたくさんありすぎて、右往左往するばかりです。

自分がどんどん老年になっていて、時代の主流からどんどん離れていく実感です。
直近は紅葉の季節ですので、紅葉を撮っています。
手慣れた撮影、とまではいきませんが、経験によってアングルを決める。
年取ると外皮ばかり分厚くなって、内面が見えさせられませんね。
ナイーブな感性、なんて思っていたけど、いまや枯渇した感性でしょうね。
それでも現代的なテーマに向かっていけたらいいな、と思うのです。